鳥インフルエンザ感染者14人に/小泉首相がアンカラ入り

■トルコの鳥インフルエンザ感染者、14人と確認=WHO

◎[ジュネーブ 9日 ロイター] 世界保健機関(WHO)は9日、トルコ政府が同国内で14人が鳥インフルエンザに感染したことを確認し、WHOが現在14人の治療を行っていることを明らかにした。
 WHOのマクナブ報道官は「8日に確認された感染者5人と、9日に確認された5人の治療を行っている」と述べた。
 WHOはこれまでに、トルコでの感染者を4人と発表していたが、その後の検査の結果、新たに10人の感染が確認された。


小泉首相アンカラ入り

◎【アンカラ=高木桂一】小泉純一郎首相は九日夜(日本時間十日早朝)、トルコの首都アンカラ政府専用機で到着した。小泉首相は十日午後(同日夜)、エルドアン首相と会談し、シャロンイスラエル首相の重篤を受けて不透明感が漂うイスラエルパレスチナ間の中東和平交渉について話し合うほか、イラク民主化支援などでの連携の強化を確認する方針。
 小泉首相エルドアン首相との会談は、一昨年四月に東京で行われて以来。
 首相は十日、首脳会談に先立ち、トルコ共和国初代大統領で「トルコの父」と呼ばれるケマル・アタテュルク氏の廟(びょう)に献花し、セゼル大統領とも会談する。
 日本の首相のトルコ訪問は平成二年十月の海部俊樹首相(当時)以来、約十五年ぶり。小泉首相は当初、トルコに先立ちイスラエルパレスチナも訪問する予定だったが、シャロンイスラエル首相の病状悪化により急遽(きゅうきょ)延期した。

親日トルコ 明治以来の絆≫
 小泉純一郎首相が日本の首相として約15年ぶりに訪れたトルコは世界屈指の「親日国」だ。東アジアと中東の代表的な「民主国家」である日本とトルコとの間には、地理的な距離を超越した歴史的な“絆(きずな)”がある。友情の一つとして、イラン・イラク戦争中にトルコが日本人救出のために航空機を飛ばしてくれたこともあり、小泉首相は12日、トルコ側に謝意を表明する予定だ。(アンカラ 高木桂一)

 トルコ国内の世論調査では、日本が常に「好きな国」のトップにランクされるように、トルコの親日感情は特筆に値する。
 背景には、トルコの宿敵・ロシアとの日露戦争での日本の勝利、敗戦国日本が世界の経済大国へ成長したことへの敬意などがあると指摘されている。日本の明治維新を手本に国内改革を断行したトルコ共和国建国の父である初代大統領ケマル・アタテュルクが、崇拝する明治天皇ポートレートを書斎に飾っていたという逸話は有名だ。
 両国の関係で知られるのは一八九〇(明治二十三)年九月のトルコ軍艦「エルトゥールル号」の遭難事故だ。オスマン・トルコ帝国のアブドル・ハミト二世は当時、明治天皇への特派使節としてオスマン提督を日本に派遣したが、トルコ使節団六百五十人を乗せたエルトゥールル号は帰路暴風に見舞われて紀州・串本沖(和歌山県)で沈没。日本側の手厚い救護により六十九人が救出され、日本の巡洋艦でトルコに送還された。
 串本町では今でも記念行事が開催され、イスタンブール海軍博物館には、エルトゥールル号の遺品や日本で作られた追悼歌の楽譜が展示されている。二〇〇二(平成十四)年の日韓共催サッカーワールドカップ(W杯)の際には、トルコ代表がユニホームを串本町に寄贈した。

≪イラン・イラク戦争 邦人救出謝意表明へ 小泉首相
 一方、トルコ側の「恩返し」もある。イラン・イラク戦争の最中の一九八五(昭和六十)年三月、イラク軍が空爆を開始したテヘランに取り残された日本人二百十六人をトルコ航空機二機を飛ばして救出した。
 「エルトゥールル号の事故のことは私も小学生のころ、歴史教科書で学んだ。トルコでは子供たちもエルトゥールル号のことを知っている。それでテヘランで困っている日本人を助けようとトルコ航空機が飛んだ」。トルコのウトカン元駐日大使はこう述懐したとされる。
 テヘランからの日本人救出についてはトルコで昨年、NHK番組「プロジェクトX」が二年前に放送した番組がトルコ語で流され、「多くの国民から在アンカラ日本大使館などを通じて日本に感激のメッセージが届けられた」(外務省筋)という。
 小泉首相はトルコ訪問最終日の十二日、イスタンブールで、日本人救出のためにイラン・トルコ間のフライトを断行したオズデミル・トルコ航空元機長(75)と会い、感謝の気持ちを伝える。(産経)