1975年の赤軍事件で強硬策を主張


■強硬策寸前、作戦を中止 赤軍事件でマレーシア内相


◎【ロンドン29日共同】1975年8月、日本赤軍がクアラルンプールの米大使館領事部などを占拠した事件で、マレーシア政府が強硬策による事件解決を最後まで模索、チャンスがあったものの、報復への懸念から実施を断念していたことが、英公文書館が29日公開した外交文書で明らかになった。
 日本政府は犯人の要求を受け入れ、服役、拘置中の活動家5人を超法規的措置で釈放。全員が犯人とともにリビアに出国した。しかし、当時の英当局者は、マレーシアの内相が「(強硬策の)ボタンを押していれば」事件は解決した、と分析していた。