宗教を超えた合同慰霊祭/川崎さん無言の帰国


■JI爆弾専門家らを追跡 バリ島自爆犯の特定急ぐ


◎【デンパサール(インドネシア・バリ島)3日共同】バリ島の同時爆弾テロで、インドネシアのスタント国家警察長官は3日、手口は「過去のテロと類似している」と述べ、2002年10月のバリ島テロの首謀者として手配しているイスラム地下組織ジェマ・イスラミア(JI)のマレーシア人爆弾専門家アザハリ容疑者らの行方追及に全力を挙げる考えを明らかにした。

国家警察報道官は同日、自爆した実行犯3人の身元特定が「捜査の優先事項だ」として3人の顔や身体的特徴を詳しく公表した。いずれも20−25歳とみられ、身長は160センチ台。チラシを作成、情報ホットラインを設けるという。

また今後の警備強化について、狙われる危険がある場所では出入りする車両だけでなく、人の身体検査を徹底する方針を明らかにした。

博士号を持つ爆弾専門家のアザハリ容疑者は爆薬を所持し、頻繁に居どころを変えながらインドネシア国内に潜伏しているとみられている。




■川崎さん無言の帰国へ 悲しみの家族とともに


◎【デンパサール(インドネシア・バリ島)3日共同】バリ島爆弾テロの被害に遭い、死亡が確認された青森県の八戸大職員川崎昭雄さん(51)の遺体を乗せた日航機が現地時間の3日夜、日本へ向かって出発した。妻恵美さん(42)ら遺族とともに4日午前、成田に到着する予定。

川崎さんの関係者は青森からソウル経由で3日未明にバリ島入り。遺族の女性らが同日午後、犠牲者全員の遺体が安置され、恵美さんも入院していたバリ島の総合病院を訪れた。ショックと悲しみを必死でこらえている様子で、うつむきがちに霊安室に入り、遺体となった川崎さんと無言の対面をした。

遺族はその後、川崎さんが最初に運び込まれたクタ地区に近い病院で遺品の洋服などを受け取った。川崎さんの遺体は、遺族の意向で近くの陸軍病院に移され、荼毘(だび)に付すことなく保冷処理を施された。




■バリ島テロ 「反米」「宗教対立」の芽


◎【デンパサール(インドネシア・バリ島)=岩田智雄】インドネシアの観光地バリ島で発生した同時爆弾テロで、同国警察当局は三日、顔写真を公開した自爆犯三人の身元特定を急ぐとともに、ほかに少なくとも三人の共犯者がいたとみて割り出しに全力を挙げている。

 これまでの調べで、実行犯らがリュックサックなどに入れていた爆発物には、高性能のTNT火薬のほか、殺傷能力を高める目的で小型の鉄球が大量に交ぜられていたことが判明。爆発物を身に付ける手口は二〇〇二年十月のバリ島ディスコ爆破でもみられ、当局は今回も東南アジアのイスラム過激派組織、ジェマ・イスラミア(JI)が関与したとの疑いを強めている。


 テロによる死者数の特定は難航、二十二人から二十九人までさまざまな情報がある。


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≪ヒンズーの島 増えるイスラム学校≫


 【デンパサール(インドネシア・バリ島)=岩田智雄】同時爆弾テロが発生したバリ島は、イスラム教徒が人口の九割近くを占めるインドネシアにあってヒンズー教徒が大半を占める。しかし、観光業の成長で島には仕事を求めるイスラム教徒が移り住み、寄宿制のイスラム宗教学校、プサントレンも増えてきた。その中には米国への反発心を隠さない教育者もおり、観光で成りたっているはずの島に反米意識の芽がみえ始めている。


 デンパサール市内に六年前に開校したヒダヤツラ校は、島で五校目のプサントレンだ。小学生三百五十人が通学しているほか、孤児や貧民層の子供ら五十人が寄宿生活を送っている。運営はイスラム教徒の寄付でまかなわれている。


 「プサントレンがテロリストを生む温床になっている? そんなことはわからない。ここでは平和や道徳を教えているだけ」。職員のウマルさん(35)は島民らしく穏やかに話した。


 だが、英語教師としてジャワ島のスラバヤから来たアムロジさん(27)は違った。「テロがあると何でもイスラム教徒のせいだ」と不満をぶちまけ、「米英はイラクアフガニスタンで罪を犯している」とまくし立てた。その激しさは、パキスタンで出会うイスラム原理主義者たちと、そう変わらないようにもみえた。


 インドネシアイスラム教徒は人口約二億一千万人の約88%を占め、ほとんどは穏健派。イスラム国家樹立を目指す、いわゆる「イスラム勢力」にしても大多数は議会を通じた社会改革を唱え、「過激派」とは呼びがたいのが実情だ。また、宗教学校は全国で二万を超すとされるが、過激思想を形作っているのは、そのごく一部に過ぎない。


 ただ、今回のテロを実行した疑いが強いジェマ・イスラミア(JI)の初代指導者らは一九七二年以降、ジャワ島スラカルタなどに宗教学校を設立し、そこがJIメンバーの主要な供給源になった経緯もあり、テロ容疑などで取り締まりを受けた逮捕者は寄宿制の宗教学校で教育を受けた者が多いのも事実。寄宿生活を送る貧しい子供たちに指導者の反米意識が受け継がれ、その傾向が強まるほど過激派に取り込まれる恐れは強まるだろう。


 豊かな村社会が発展したバリ島の住民は温厚な性格だといわれてきたが、三年間で二度の激しいテロで、生活の糧である島の観光業は大打撃を受けた。あるヒンズー教徒の若者は「テロ以降、イスラム教徒への見方はまったく変わった」と語り、ヒンズー教徒の間にイスラム教徒への不信感が頭をもたげ始めたと指摘した。


 宗教対立の激化は、イスラム過激派がイスラム系住民への影響力を強める格好の機会を与える。バリ島を襲ったテロは、そうした危険の種もまいたようだ。(産経)




■同時爆発テロの犠牲者に祈り バリ島で地元住民らが儀式


◎1日夜の同時爆発テロで多数の死傷者を出したインドネシアのバリ島南部のジンバランで3日午後5時(日本時間同6時)、地元住民らがテロの犠牲者に祈りをささげるヒンドゥー教の儀式を行った。

 儀式は20人が死亡、95人が負傷した海岸沿いで行われた。儀式は「ムラペ」と呼ばれ、死者の魂を呼び寄せ、厄よけをするもの。ガムラン音楽が流れるなか、民族衣装に身を包んだ地元住民ら数百人が祈りをささげた。

 海岸でレストランを営むカトゥット・アニーさん(34)は「早く悪い霊を追い出して、日常に戻りたい」と話した。(朝日)




■宗教の指導者が合同慰霊祭 バリ島テロ


◎1日起きたバリ島の同時爆弾テロの犠牲者を悼む四つの宗教の合同慰霊祭が4日午後1時(日本時間同2時)ごろ、爆発現場となったクタとジンバランであった。テロがイスラム過激派の犯行と見られているなか、過激派と宗教との結びつきを否定したいとの関係者の思いが背景にある。

 合同慰霊祭には、イスラム教の西ジャワの最高指導者を始め、キリスト教ヒンドゥー教、仏教の指導者が集まった。「バリよ、愛によって強く」と書いた横断幕を持ち、クタの中心部から爆発現場までの目抜き通りを住民らとデモ行進した。

 爆発現場ではそれぞれの指導者が順に祈りをささげ、キリスト教の賛美歌や仏教の読経などが混ざり合って響く中、赤や紫の花びらをまいたり、ろうそくに火をともしたりして死者を悼んだ。

 参加したヒンドゥー教徒のウィダナさん(36)は「どの宗教も死者を弔い、テロを憎む気持ちは一緒だ」と話した。(朝日)




■バリ島テロ、JIの疑い強まる 先鋭集団が犯行準備か―JIとはどのような組織か?


◎140人以上の死傷者を出した1日のバリ島同時爆弾テロを起こしたとインドネシア当局がみるイスラム過激派組織ジェマー・イスラミア(JI)とは、どんな組織なのか。治安当局や専門家によると、JIは度重なる摘発で弱体化している一方で、大規模テロの継続を主張する少数の先鋭集団が新たなテロの準備を進めているという。

 紛争予防などを研究する非政府組織「国際危機グループ」(ICG、本部・ブリュッセル)によると、JIの原点は、インドネシア国内で50年代に広がったイスラム国家建設のためには暴力行為も否定しない政治運動(ダルル・イスラム、DI)にさかのぼる。JIの精神的指導者とされるバアシル師は当時、青年活動家として大きな影響を受けたとされる。

 だが、70年代末にスハルト政権はDIを禁止。バアシル師は逮捕・投獄を経験した後、85年にマレーシアに脱出し、アフガニスタンに訓練生を送ったり、サウジアラビアに資金支援を求めたりして、JIの国際化を進めた。このとき、ナンバー2のハンバリ幹部の橋渡しで、国際テロ組織アルカイダとの接点が生まれたとされる。

 JIの活動は、スハルト政権崩壊後の99年にバアシル師が帰国した後、本格化した。しかし、02年のバリ島爆弾テロ直後にバアシル師が逮捕された。ハンバリ幹部も米国に拘束された。ICG東南アジア代表のジョーンズ氏は「(摘発は)100人以上にのぼり、組織は壊滅的な打撃を受けた」と指摘する。幹部の指導力の欠如から戦略的な目標を打ち出せず、統制がとれない分裂状態が続いているという。

 だが、組織の弱体化が逆にテロを引き起こしているとの見方がある。シンガポールのテロ対策専門家のローハン・グナラトナ氏は「ハンバリ幹部の下にあった好戦派グループが、マレーシア人のアズハリ、ヌルディン・トップ両容疑者によって新たに率いられ、先鋭化が進んでいる」と分析。同グループが「すでに穏健的なJI主流派と一線を画しており、独自の組織を作る兆候すらある」という。

 治安当局は、この一部の先鋭集団が地方に散らばり、各地のイスラム過激派と活発に接触していると見る。これを支えるのがプサントレンと呼ばれるイスラム寄宿学校の一部で、「世界的にイスラム教徒が迫害されており、反撃する必要があると教えており、数は少ないが、事実上テロを奨励しているような学校もある」(政策研究大学院大学の河野毅・助教授)という。

 また、貧困などにあえぐ地方の若者が社会の不公正に目覚める中、過激派にリクルートされ、「テロの実行犯の人材には事欠かない」(治安当局)という悪循環が続く。治安当局は、プサントレンを中心とするイスラムの地域コミュニティーが、昨年の豪大使館前の爆弾テロで指名手配中のアズハリ容疑者らをかくまったこともあるとする。同容疑者は今回のテロに関与した疑いがもたれている。

 一方、JIの活動資金について、ローハン・グナラトナ氏は「一部は共通の目標を掲げる中東のイスラム過激派などから得ている」と指摘する。(朝日)




■JI最高幹部のアズハリ容疑者は「爆弾専門家」


◎爆弾製造専門家とされるマレーシア人、アズハリ容疑者は、ジェマー・イスラミア(JI)の精神的指導者とされるバアシル師が獄中にある今、逮捕を免れているメンバーの中では最高幹部の一人だ。

 インドネシア国家警察の報道官は3日の会見で、アズハリ容疑者の関与についての言及を避けた。しかし、バリ州警察のパスティカ本部長は前日、「(02年10月に起き、同容疑者が首謀者とされる)ディスコ爆破事件と犯行状況がそっくりだ」と述べた。

 アズハリ容疑者は英国の大学で博士号を取得。「ドクター・アズハリ」とも呼ばれる。マレーシア南部ジョホールで大学講師をしていた時代の同僚は「控えめで目立たず、いつも礼儀正しかった。きれいな英語を話し、スポーツカー好きで赤い日本車に乗っていた。宗教的な衣服すら身につけなかった」と話す。

 アズハリ容疑者には大学の同級生だった妻と3人の子どもがいる。妻は約10年前に咽頭(いんとう)がんの切除手術を受けた。アズハリ容疑者が過激な思想に傾斜していった背景には、妻の健康問題があったと言われる。

 捜査当局の報告書では、アズハリ容疑者はバアシル師と知り合った後、アフガニスタンやフィリピン南部に行き、爆弾製造技術を身につけたとされる。妻は昨年、朝日新聞の取材に対し、同容疑者がバアシル師に心酔していたことやアフガンに行ったことを認めたが、「彼がテロリストだなどと信じることはできない」と話した。

 アズハリ容疑者は約3年前、「神のために役立ちたい」と言い残して家を出て以来、行方がわからないという。(朝日)




■JI幹部、テロへの関与を否定


◎ 一方、東南アジアのテロ組織ジェマア・イスラミア(JI)のアブ・バカル・バシール師(服役中)は4日、弁護士を通じて声明を出し、今回の事件を非難するとともに、事件への関与を否定した。同師は地元紙ジャワ・ポス(4日付)との会見でも、「バリ島ではイスラム教徒は迫害されておらず、聖戦を敢行する根拠がない」とし、「今回のテロには賛成できない」と述べた。

 だが、オーストラリアのハワード首相は、「事件はJIの仕業と見られる」との認識を示し、JIを非合法組織に指定するようインドネシア政府と話し合いを進める方針を表明した。(読売・抜粋)